研究内容

21世紀は「環境の時代」とも呼ばれます。環境はヒトの健康に多大な影響を及ぼすことはよく知られており、国民の関心もますます高くなってきています。
実際に、放射線や大気汚染物資といった環境因子の健康への影響は、テレビや新聞で毎日のように報道されています。環境労働衛生学は、健康に対する環境の影響を調べ、予防法を開発する学問領域です。

【各研究プロジェクトの概要】 下記に示すように、環境労働衛生学教室では、①実験医学研究として「分子腫瘍学」、「皮膚・毛髪科学」、「神経生理学」、②フィールドワーク研究として「環境科学」、「疫学」の合計5プロジェクトが推進されています。
①実験医学研究
 i) 分子腫瘍学(メラノーマ・扁平上皮癌)
 ii) 皮膚・毛髪科学(皮膚色素異常症)
 iii) 神経生理学(内耳性疾患・脳性疾患)
②フィールドワーク研究
 iv) 環境科学(有害元素汚染)
  v) 疫学(重金属・騒音・紫外線)

本項では、上記5プロジェクトの内容の概要を説明させていただきます。

①実験医学研究
i) 分子腫瘍学(メラノーマ・扁平上皮癌)
オゾン層の破壊による紫外線の増加により、皮膚メラノーマの増加率は、全ての癌腫の中で第1位となっています(世界統計)。このように、メラノーマは紫外線という環境刺激により地球規模で誘発される重大疾患であると言えます。環境労働衛生学教室では、オリジナルの多段階発癌様式(Fig. 1)でメラノーマを自然発症するモデルマウス(RET-mice)を用いてメラノーマ制御分子を探索し、機能を解明しています。さらに、分子機能解析を基に、新規分子標的予防・治療法の開発だけでなく、早期発見・診断に有効なバイオマーカーを開発しております。
また、紫外線により活性や発現が修飾される皮膚癌(メラノーマ・扁平上皮癌・基底細胞癌等)に焦点をあて、分子機構を解明し、紫外線発癌の予防療法を開発する基礎研究に力を注いでいます。また、RET-miceを用いて、プラズマ照射によるメラノーマの予防・治療に関する研究を推進しています。

メラノーマを自然発症するモデルマウス
Fig.1: メラノーマを自然発症するモデルマウス

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10. Nature Immunology 2014
11. Oncotarget 2015a;2015b;2015c
12. OncoImmunology 2015
13. Oncotarget 2016
14. OncoImmunology 2016
15. OncoImmunology 2017
16. OncoImmunology 2018
関連特許:4件(申請中も含む)

①実験医学研究
ii) 皮膚・毛髪科学(皮膚色素異常症)
【肝斑(シミ)と白斑】加齢および紫外線等の酸化ストレスは、皮膚メラノサイト機能を修飾し、皮膚のメラニン産生に影響を与えることは良く知られています。環境労働衛生学教室では、紫外線照射部分に短期間で強い色素沈着を誘発するモデルマウスを新規に作製しました(Fig. 2:特許申請中)。ヒトにおいて、紫外線等により誘発される肝斑等の色素沈着は、美容上の大きな問題になりますので、本モデルマウスを用いた肝斑の発症機構の解明と予防・治療剤の開発により、皮膚科学にも貢献できると考えております。また、肝斑をはじめとする皮膚メラニン・メラノサイトの制御機構を解析し、試験管内において肝斑等 に有効な予防・治療剤をスクリーニングする技術を開発できる見通しがあります。細胞を用いたスクリーニング技術は、美白剤の開発にも直接的に結びつく可能性があり、化粧品学への貢献も期待できます。一方、本研究室では、白斑モデルマウスの開発にも成功しています。本モデルマウスを用いて、白斑の発症機構を調べ、予防・治療剤の開発に結びつけるべく、研究を推進しています。

【脱毛・白髪】加齢や酸化ストレスは、メラノサイト機能の修飾を介して、脱毛症・白髪といった毛髪機能にも深く関与しています。本研究室では、対照マウスに比較して、剃毛後に短期間で毛が生えそろう複数のモデルマウスを作製しています。さらに、複数のオリジナルの白髪モデルマウス(Fig. 3)を樹立し、脱毛や白髪に関する分子機構を解析しています。近年では、白髪発症機構に基づいて、試験管内で脱毛や白髪の予防等のアンチエイジング効果を持つ薬物のスクリーニングを進める技術を開発(特許申請中)しております。

Fig.2: 肝斑(シミ)のモデルマウス

normalskin
normal skin
liverspot
liver spot suspicious area

hairgrayingmouse
young/middle/senior

Fig.3: 白髪モデルマウス

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10. Chemosphere 2019
関連特許:10件(申請中も含む)

①実験医学研究
iii) 神経生理学(内耳性疾患・脳性疾患)
EU(欧州連合)の健康リスク科学委員会は、MP3プレーヤーの普及によりEU域内だけでも最大1,000万人の若者が聴覚を 失う危険性を指摘しています。国内では、近年、低周波騒音による健康障害が社会問題として、大きく報道されています。一方、メラノサイト(中間細胞)は、 内耳血管条に存在し、騒音刺激に対してメラニンを産生することにより、難聴の発症を防御している可能性が推測されています。環境労働衛生学教室では、メラニン産生を制御する分子に着目し、遺伝子改変マウスを用いた研究により、騒音刺激が聴覚に与える影響を聴性脳幹反応(ABR)等で、平衡機能に与える影響をローターロッド(Fig. 4)等で調べています。さらに、騒音が神経機能障害を誘発する分子機構を解析し、予防療法の開発に結びつける研究を推進しています。騒音管理は、衛生学分野の重要課題ですので、個体(分子標的予防療法等)だけでなく、環境(騒音遮蔽等)にもアプローチして、騒音に由来する神経障害を予防する研究も開始しております。

Fig.4: マウスを用いた神経機能解析

ABR
聴力を分析するABR
rotarrod
平衡機能等を解析するローターロッド

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関連特許:6件(申請中も含む)

②フィールドワーク研究
iv) 環境科学(有害元素汚染)
WHOのガイドライン値を越えるヒ素を含んだ井戸水を飲用せざるを得ない状況にあるヒトだけで、世界で 2億人にのぼると推測する報告もあります。慢性ヒ素中毒患者には、皮膚黒色症や皮膚角化症だけでなく皮膚癌のような命に関わる疾患の発症に関与します (Fig. 5)。本研究室では、バングラデシュ・ベトナム・マレーシア・インドネシア・アフガニスタン等のアジアの諸国でフィールドワークを推進しています。誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用いて重金属濃度の環境モニタリングに加え、重金属が酸化ストレス等を介して健康に与える影響を最先端の分子生物学技術を用いて解析し、健康リスク評価と予防療法の開発に結びつけています。さらに、複数の重金属を吸着できる有害元素を吸着できる安価な浄化剤の開発に成功しており、アジア諸国への普及に挑戦しています

arsenicosis
hyperpigmented skin/ hyperkeratosis/skin cancer

Fig.5: 慢性ヒ素中毒患者
 (Photographs were provided by Dr. Shekhar in University of Dhaka, Bangladesh)

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14. Chemosphere 2019
関連特許:2件

②フィールドワーク研究
v) 疫学 (重金属・騒音・紫外線)
衛生学では、健康に対する環境因子の影響を、細胞・動物レベルで解析しただけでは不十分で、ヒトでの解析が必須となります。多変量解析を用いた疫学研究は、環境が健康に与える影響を調べるための強力なツールになります。環境労働衛生学教室では、重金属・騒音・紫外線等の環境刺激の健康への影響をヒトで調べるために、国内および国外(バングラデシュ・ベトナム・アフガニスタン等)のアジアの諸国で、疫学研究を推進または計画しています。

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全過程30分程度、視聴覚刺激を数分間受けた後におきる体の反応を調べる実験を行います。

ご協力頂ける方はご連絡ください。